二足歩行は人間ならではの機能であることは、誰もが知っていることです。しかし、この機能と脳の働きのつながりを意識したり、実感したりすることは、あまりありません。
私自身、「身体を起こしておくこと」の大切さを深く考えたことなど、在宅介護をするまでありませんでした。
しかし、義祖母の在宅介護をとおして、二足歩行であることと脳のはたらきの関係を目の当たりにすることとなりました。
ユマニチュードはフランス体育教師として研鑽を積んだ、イブ・ジネストさんと、ロゼット・マレスコッティさんが確立した考え方とケアの方法です。現在は、ジネスト・マレスコッティ研究所日本支部があります。
そして、この考え方を日本に紹介されたのが、内科医の本田美和子氏です。
ユマニチュードの考え方では、「見る」「話す」「触れる」「立つ」ということを大変重視しています。
こちらの記事でも紹介しています。
また、こちらの本でわかりやすく、紹介されています。
今回は、ユマニチュードの柱となっている、「見る」「話す」「触れる」「立つ」のうち、前回につづき、今回は、我が家での実践「立つ」編です。
3か月の入院中にせん妄があらわれた
高熱を出して、義祖母が入院をしたのは、95歳のときでした。風邪をひいて飲んだ抗生物質によって、腸内細菌のバランスが崩れ、それによってまた熱が出て、入院は、1週間ほどだと思っていたものが、3ヶ月ほどになりました。
入院して、二か月ほど経つと、しっかりしていた義祖母の言動が、それまでとは少し違ってきました。食事にも飽きてきたのか、飲み込みにくかったり、味が気に入らなかったりすると、ぺっぺと出してしまいます。
それに、明らかに現実に起こったことではないことを言うようになりました。
ある時は、知らないお坊さんが来たと言ってみたり、ごちそうを持ってきてくれた人がいてそこにおいてあると言ったり、病院のどこかの部屋に閉じ込められたと言ったりするようになったのです。
その病院の看護師長さんによれば、65歳以上の方が入院された場合、2週間以内にこのような症状があらわれる確率は、75パーセントとも言われているそうで、慣れない場所での入院生活がきっかけとなって、突然意識が混乱してしまうことがあるそうです。
それは、即座に認知症を発症したというわけではなく、「せん妄」という症状であることもあるのです。
病院は近所で、私もよほどのことがない限り毎日病院へ行きました。義祖母も、身体をよくするためだということを理解してがんばっていましたが、やはり入院当初に看護師長さんからきいていた症状があらわれてきたのです。
帰宅後も症状は続いた
3か月後、ようやく解熱し、体調が安定したので、義祖母は退院することができました。ただ、ほとんどの時間をベッド上で過ごしていたので、しっかり座ったり、歩いたりするための筋肉は、すっかり落ちていました。そのため、自宅に戻った当初は、横になっている時間がほとんどでした。
また、自宅に帰ってからも、せん妄の症状は消えていませんでした。
ときには、青い大蛇が来たと言ったこともありましたし、もう他界した人が来たと話すこともありました。困ったのは、入院前よりも、感情がみだれやすくなったことです。入院前は、ほがらかでおしゃべり好きだったのに、自暴自棄的な言葉が多くなったり、非常に甘えん坊になったりしました。食事さえ、「食べさせて」と言うこともありました。
立つこと、歩くことで症状は消えた
身体全体の筋力が落ちていたので、だんだんに座る時間を増やし、入院前のように歩けるようにリハビリをするという介護の見通しを、当初は立てていました。
しかし、義祖母の様子を見ていると、あまりゆっくりしていると、その機会を失うのではないかと思うようになりました。訪問看護師さんに相談すると、座るだけでも、ずいぶんなリハビリになるとのこと。早速、義祖母が寝たいと言っても、もう少し、もう少しと言って、座る時間を伸ばしました。
そして、入院中におむつになっていたのですが、ポータブルトイレをベッドわきに置き、つかまれるバーを設置して、できるだけ、トイレを使うようにしました。すると、もちろん全面的に支えなくてはなりませんが、ベッドからポータブルトイレに移るときに、一瞬だけでも「立つ」時間ができます。
すると、進まなかった食事が進むようになってきました。
さらに、支えていれば立てるようになってきました。
そこでつぎに、壁につけてあったてすりにつかまってもらい、私が後ろにぴったりとついて支え、「立つ」ということをしてもらいました。すると、その日から、めきめきと身体の筋肉がもどってきて足が動くようになってきたばかりでなく、それと同時にせん妄の症状が、みるみるうちに消えたのです。
そして、感情は安定し、義祖母は、前向きな気持ちを取り戻したのでした。
このとき、私はまだ、ユマニチュードの考え方に出会っていませんでした。しかし、後にユマニチュードの考え方に出会ったとき、「立つ」を重視していることを知って、大いに納得しました。
ユマニチュードの考えは介護も子育ても助ける
4回にわたって、ユマニチュードの考え方の我が家での実践を書いてきました。
せん妄や、認知症を発症している方への接し方は、見える症状の奥で、その方のどのような感情が動いているのかを知れば、適切に対応することができ、介護者も必要以上に疲れなくてすみます。
たとえば、子育てでも2歳の子どもには「いやいや期」があり、それが、子どもの成長にとって大変大事な時期であることを知っていれば、親の方にも余裕と工夫が生まれます。知らないままなら、子育ては、出口のない大きな不安に包まれてしまうかもしれません。
ユマニチュードの考えでは、「人は、他の人から人間と認識してもらえないと生きていけない。」ということと、「あなたは、大切な存在であるということを伝え続ける」ということが実践の基軸にされています。
これは、そのまま、子育てにも当てはまることではないかと思います。ユマニチュードの考えに出会って、ダブルケアの時間的にはすさまじい状況のなかでも、介護、子育てにおけるトラブルやストレスは多くのことを避けられました。むしろ、子育てにおいては、気づきが多く、私自身育てられたと思います。
まとめ
ユマニチュードの実践の大きな流れをまとめておきます。
①目を見つめてしっかりアイコンタクトが成立したら、
②2秒以内に話しかける。
③話しかけながら、相手に静かに触れる。
④話しかけ、優しく触れながら、立つことを促す。
これらを、ユマニチュードが実践されている場では、150もの具体的な技術をもって行うそうです。家庭では、完璧に行うことは難しいかもしれません。
しかし、この考え方を知っていること、できるなら、その技術のいくらかでも日常の介護でいかすことができたら、介護はずいぶんと豊かになり、実りをももたらしてくれるかもしれません。
そして、ダブルケアのさなかにある家庭では、子育てのヒントにもなるかもしれないと思います。
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